字の仕事

 昨日は、僕が住んでいる明和町の新茶屋という字の役員が十数人出て、草刈機を担いで排水路の周辺で生い茂る木や草を刈る作業をしました。

 なんと僕は、今年、思いもかけずこの字の会計という重職に選ばれてしまって、訳も分からずおたおたとしているのです。

 この日はもちろんその草刈り作業も、大してお役に立っていないと思いつつも汗かいて一所懸命にやりました。だが僕の仕事はそれだけではない、みなさんにお茶を配らなければならない。自販機でお茶を買うタイミング、配るタイミング、全然わかりませんから、とても緊張して、結局は何ということもなく終わるのですが、まあまあ大変でした。これを大排水ざらえと言いますが、来週は字の各家から一人ずつの出会いで、田んぼの排水ざらえというのを行います。来週の準備のために、三役(もちろん僕も!)や一部の有志が、草刈機の刃を取り換えて、燃料を補充します。僕はこの日のためのお茶を用意しなければなりません。まあ、これは公民館の冷蔵庫に入れておけばよいとのことですので、簡単です。

 さて大排水ざらえの仕事は、ようやくこれで終わりかと思ったら、2~3人の方が、「今からやろや」とか「雨降ってきたでやめや」とか話しているのです。僕には何のことかもよくわからず、話の経緯を見守っていますと、これから墓へ行くということで、みなさん合意が成立しました。僕は、何も聞かされてはいなかったのですが、「やっぱ、いっといた方がいいかな」という判断でついて行きました。

 墓はやはり各戸の出合いで掃除をする日があるのですが、その前に周囲の槙を低く揃えておこうということだったです。2人がチェーンソーで槙の上の方を高さをそろえてきり、別の一人は空き地の草刈りを始めたのでした。僕は何をしていいかわからずぼやっとしておりましたが、そのうち切り落とした槙の枝や葉っぱを片づけを命じられました。

 これの槙の頭揃えの作業が、いつどのようなタイミングで終わるのか分からず、体の疲れもさることながら、気持ちも落ち着きませんでした。ですが、あまお昼の12時ごろには、何となく終わりになり、家まで車で送ってもらったのでした。

 普段暮らしているだけだと気の付かないようなところで、字の役員の方々がこれまでやってきたこと、それを踏襲し、またその時々の状況に合わせてこんな奉仕活動を毎年やってもらってたんだなあ、としみじみと思いました。

 僕は作業での器用さも体力にも全く自信なく、例えば被災地へのボランティアなども気持ちがあっても踏み出せません。ですが、このような作業がいやというわけではありません。ただ、自分で先の読めない作業で過ごす時間はとてもしんどいとも思いました。