ブームと文化

 女子サッカーのワールドカップで準優勝したなでしこジャパンの主将宮間さんが「女子のサッカーがブームではなく、文化になるために」という発言が再々マスコミに取り上げられた。

 好きでやっているとはいえ、競技を継続する選手の環境は、男子と比べて、プロとしてはなかなかに厳しいものがあるらしく、そこを変えていくためには、一過性のブームではだめで、地道な文化活動にならなければならない、というようなことかなあ、と想像をめぐらした。

 

 

 ブームと言えば、私の周りにもいろいろあった。もう半世紀も前だが、学生運動のブームが学園に吹き荒れ、ヒッピーブームのなごりの様に男の長髪ブームがあり、フォークブームのさなかに僕は学生時代を過ごした。

 

 もちろんやがてブームは去り、何が文化として残ったのか、あるいは何も変わりはしなかったのか・・・・。

 

 時代は大きく進んで、これはまだ10数年前位のことだが、「音楽療法」もある種のブームの様相を呈し始めた。で、これは「音楽療法士」という新たな職業が日本の社会に生まれ定着するか、という話で、「日本音楽療法学会」というこれまでなかった新しい業界団体ができた。

 この頃、音楽系の大学にも「音楽療法コース」が次々新設されたりもした。だが、様々な事情であろうが、大学の音楽療法コースはぽつぽつと消え始めている。

 音楽療法ブームは確実に冷めているのだろう。

 で、何が残ったのか、あるいはそもそも何も起こらなかったのか・・・・?

 

 女子サッカーにしろ、音楽療法にしろ、ブームが文化として定着するかどうかの日本社会、あるいは日本文化の在り方について、論じることは、僕にはできない。

 

 ただ僕の個人生活に関して言えば、様々なブームに、少なからず、あるいは場合によっては大きく影響を受けてきたことは、もちろん間違いない。


 15年間ばかり音楽療法というフィールドを学びと発言の場と定めて、僕は自分の活動を、それなりに一所懸命にやってきた。これはブームに身を投じたというより、個人としてとてもユニークな選択をした、と思っていたら、そんな人が珍しくもなく、まるでブームの様に多くの人が音楽療法の旗印に集まった来るのを実感したということである。

 「音楽療法」の講演にもそれなりにたくさん耳を傾け、感銘を受けたり、敷居の高さに馴染めなかったり、それこそ揺さぶられるままの日々であったと思う。

 

 この間、幸い、仕事として「人と音楽をする」ことを通して、絶えず様々な発見をし、その都度自分のやれることで音楽が生まれる瞬間を幾つも味わい、豊かな時間を過ごすことができた。そしてこれも、絶えず、なのだが、人との出会いに恵まれ、日常の活動のバリエーションの変化や質の向上につながっていることを実感している。

 

 いくつかのブームに翻弄される日々は自分らしい自分を知るための、状況的な変数でもある。

 しかし、いくら「僕自身」などといっても、無自覚的なことも含めて全体に飲み込まれてる。それが社会であり、文化であるということであろう。

 

 

 政治的な状況に関しては飲み込まれるだけではなく、個人的な思い、気持ちに根を持つ発言というものが、厳しく求められているのを実感している。